落語「お血脈」で善光寺を思う

「お血脈(けちみゃく)」という古典落語があります。


お血脈の印は、極楽行きのパスポートのようなもので、これを押してもらうとどんな悪人も極楽にいくことができます。これは、現在善光寺で行われている御印文頂戴(ごいんもんちょうだい)のようです。

 

おかげでお血脈は大流行。一方、地獄には人がいなくなり、困り果てた閻魔大王が、大泥棒の石川五右衛門にお血脈の印を盗み出すように命じました。五右衛門は見事、盗み出すのですが、それを持って極楽に行ってしまった…という話。

 

その昔、人々は一生に一度は善光寺に行きたいと思っていたようです。

それは、「善光寺は一生に一度訪れれば往生がかなう」寺だったからなのです(参考:『よくわかる善光寺参り』/善光寺事務局監修)。

 

拙著『私のお葬式』のなかで枕飯について書きましたが、「亡くなるとすぐ善光寺に行くから、そのお弁当として枕飯が必要だった」という説を知って、「なぜ善光寺なのか?」と不思議に思いました。

「できれば生きているうちに、亡くなってもすぐに善光寺に!」がその頃のキャッチコピーだったのかもしれません。


偶然手にいれた5代目志ん生さんの落語のCDで「お血脈」を聞きましたが、話し方が粋だし、その時代の人々の息づかいが聞こえてきそうでした(聞きにくいところもあったけど)。

 

落語は仏教の説教から生まれたものと言われています。

背景がわからないと難しいこともありますが、落語もなかなかおもしろいものですね。

 (2010.9.4