島田裕巳さんのおはなし(ラジオで)

世の中には、親や配偶者が亡くなって、悲しみからなかなか立ち直れない人がいます。これを仮にAタイプとします。一方、一時は悲しくても、亡くなったことは亡くなったことと受け止めて歩き出す人がいます。これをBタイプとします。

 

宗教学者の島田裕巳さんが出演したTBSラジオを昨夜聞いていたのですが、島田さんはAタイプの人のことはお話しにならない。以前、テレビでもシンポジウムでも話していましたが、やはりBタイプ向けでした。

 

反対に、葬送ジャーナリストの碑文谷創さんは「グリーフ」(死別による悲嘆)ということにこだわります。Aタイプの人が求めている話になります。

 

このおふたりがシンポジウムで話したのを聞いた大正大学名誉教授の藤井正雄さんが

「島田さんは経済的側面から葬儀を斬っている。碑文谷さんは人間的側面から見ている。葬儀の当事者にとっては人間的側面が重要であろう」とおっしゃいました。

 

“人間的”っていうのが薄れてきているのが現代なんですかね。島田さんの話は、人間的な悲しみの話はなくても、現代の話として納得できるところはあるのです。

お金がなくて困っている人が増えています。「このようにしないと成仏しない」というようなことにとらわれないように、という話は興味深いものでした。「死んでいく人が生きている人を縛っていいのか?」というのも、家族関係によってはそう思うだろうと思いました。

 

しかし、私が驚いたのは、ラジオのなかで「孤独死をした人が必ずしも悲しいとは限らない」という意見があったこと。正直、そんなふうに考えたことはありませんでした。

そうなんでしょうか。ひとりで暮らすのはいいとしても、ひとりで死んでいく不安や寂しさってないんでしょうか? Bタイプの考え方は、私が考えるよりももっとどこかに向かって進んでいっている気がしました。

2010.8.26