ブログ伝道

真福寺住職 田中禅价

 

山梨県上野原市にある真福寺。田中住職ははがきに法話を書いて「はがき伝道」として送っています。その数、約2000通(希望者に毎月無料で郵送されます)。  

はがきだけではもったいない! ということで、このサイトに「ブログ伝道」として掲載させていただくことになりました。

曹源一滴水  祖禰社稷

 

「誠実・愚直」 「迂遠とののしらるるとも、愚直と笑はるるとも、終局の勝利は必ず誠実なる者に帰すべしとの確信を有すること肝要なり」「いついかなる場合にても、ただただ至誠をもって一貫すべきのみで、その他をかえりみるの必要はさらにあるまいと思います」東郷平八郎の言葉より。

 

愚直に誠実に徹底一貫して志をつらぬく至誠が大事である。黒鉄ヒロシ氏は【「歴史」はヒトのやらかした「ヘマ」の集積である】と語っている。ネアンデルタール人より以前から今日現在までの「ヘマ」の記録が歴史である。人類の「失敗」の記録が人類の平安・安心・発展の気付きの参考資料となる。

 

各国の歴史を学ぶと成功者の姿勢の底流に流れている行動哲学は『一貫に徹底した「誠実・愚直」なまでの至誠』にある。変節はその人のその国の将来に感動と発展を保証しない。日本史であろうと世界史であろうと、100歳しか生きられない個々人の命の束ねられた過去から現在までの人類の命の縄が数々の「ヘマ」を忘れないように残した記録が歴史だ。

 

自分を生んだ父母を尊敬する。父母に繋がる命の鎖は縄文時代以前から今日まで延々と繋がっている。過去の御先祖を畏敬する思いは畢竟自分を尊敬し自負自尊する誇りがあればのことだが。自分を尊敬プライドをもっていない人には関係無い話である。自尊の精神は「天上天下唯我独尊」とお釈迦様が言ったとおりである。御先祖様が光って見えない人間が御先祖様に守ってもらえることもなく発展成功することもないのはあたりまえである。なぜなら自分の命の絆に唾をはきかけることにほかならないらのだ。そして、我々を守り生かさせてくれた大地「祖国」を尊敬できない人間はやはり滅亡するだろう。日本人として祖国を愛し、御先祖を畏敬する心を忘れた日本人が「ヘマ」の歴史をまた一つ刻まないことを願う。

(平成2410月 288号)

 

 「生死事大・光陰可惜・無常迅速・時人不待」

(しょうじじだい・こういんおしむべし・むじょうじんそく・ときはひとをまたず)

 

父母の御縁でこの世に生まれた私はここにいる。その命は生死の間に生きていることが一大事と思うべし。光陰はアッという間に過ぎ来たり過ぎ去っていくものだ。常ならざること迅速にして変化していくものだ。そして、時々刻々変化していく時間は我々をいつまでも待ってはくれない。死は生と同根に目前にある。御用心御用心。という解釈ができる。

 

まる裸の全人格で目前のことに素直に愚直にまるごとぶつかっていくことしかない。小手先の些末な行動に命の感動は生まれない。目前のことに一生懸命体当たりしていくことが大事である。

頭だけで考える答えと体全体で体感しながら右往左往して考える答えでは同じ答えに陰と陽の差ほどの結果である。魅力ある自己実現を生涯目標にして生きることにする。「自分の花をしっかり咲かせることも大事だけど、それができたら、今度は相手の花を咲かせるお手伝いをする。そうやって、いろんなところに花を咲かせるの。自分ばかりが咲いてちゃだめなんだよ。自分もしっかり咲いて、さらに回りにも花を持たせる。それが俺は器量だと思うんだ」(斎藤一人著より)

 

同時代に生きている私たちがともに共感しながら感動の花を咲かせて笑顔になっていく。生きてるねー。幸せだねー。あなたに会えたねー。一緒にいるだけでうれしいねー。と感じあえる縁と絆が大事です。笑顔とうなずきとありがとうが福の神に歓待されるキーワードです。不平不満だけの人生は疫病神に愛される一生になります。

今生きている。これだけで儲けもん。あとは余禄。家族と会えるこれも余禄。友人と会えるこれも余禄。健康な五体満足な体があれば自由気ままに海なり山なりいくことができる。これも余禄。生きてるっていいなー。深呼吸して天と地の積極の陽のエネルギーを満喫できる。これも余禄。今ある命に万万歳だ。これも余禄。

(平成24年9月 287号)

 

「人間ならば誰でも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」ユリウス・シーザーの言葉だ。この一句は人間性の真実を突いてる。これにまさる言辞はないと言った人物がマキャベリだ。彼は自作の著書でシーザーのこの言葉を紹介している。

そして、塩野七重は「人間とは見たくないと思っているうちに実際に見えなくなり、考えたくないと思いつづけていると実際に考えなくなるものなのです。」と現代の文として、再現している。

ローマ帝国のユリウス・シーザーは紀元前の人物であり、エジプトのクレオパトラと大恋愛した人物である。マキャベリは織田信長の時代に生きたフィレンツェの人物です。

 

1500年間中世のキリスト社会から無視されて眠っていたシーザーの一句がマキャベリにより再興した。その言葉は塩野七重によって現代に復活して私のところに届いたのである。シーザーの文章がローマ帝国の時代から2000年の時空を越えて現在の日本に生きている私に届いたことが奇跡である。過去の人間が発した思想・言葉を再発見する作法は言葉の考古学の作法といえる。

 

禅宗のテキストに「臨済録」がある。今から1100年前貞観11年の三陸沖大地震があった。その当時中国で活動した人物臨済禅師が語ったものを記録して作成された書物である。

臨済禅師死去後250年経過して「臨済録」が刊行する。そして、日本に伝播して日本初版本が発刊したのは1320年である。私が「臨済録」を読むために1100年の歴史の絆が時間空間を越えて繋がっていることに感動する。

過去の言葉が現在に伝承されるためには文字文化の伝統と金石文など書籍の継承が重要要件となる。異文化間の縁と絆が調和して今に伝承されていることに感慨ぶかいものをかんじる。

(平成24年8月 286号)

 

地獄極楽紙一重  常住末法即地獄

常住末法即極楽  破家散宅自燈明

 

常に末法の世に生きてるのが実は私たちなのだ。極楽が在ると思うことが夢である。現実はいつの世もその時代時代の地獄極楽をはらんだ末法社会である。

生あるものは必ず幸せを願う。自他ともに同じものを求める。そのとき妥協と競合と従属の作法が生まれる。生きることが地獄となったり、極楽となる。まさに地獄極楽紙一重ということだ。

父母からもらったわが命は「オギャー」産声をあげた瞬間に「破家散宅」の世界に生きることになる。生まれた時代場所にただ一人放り出されたようなものである。いまある自分が大宇宙のまっ只中にただ一人ひっくり返って昼寝しようが、がたがた震えて泣き叫ぼうが乾坤只一人のわれに変わらない。世の中いつもグツグツ煮え返るお湯の中のようなものである。そこで胡坐をかいて昼寝する積極の心をもちたいものだ。つまり今を末法社会と思い末法即極楽の心境で生きたいものである。

 

松下幸之助は「天地自然の理法に従った仕事」をすることである。それは「雨が降れば傘をさす」ということだと説明する。

清田保南老師は著書「汝自らに問え」で「傘をさす」の文がある。大きな壁にぶちあたって進むも退くもならぬ絶体絶命のピンチに立たされる。追い込まれて抜き差しならぬところまで追い込んでいくことが大事である。

雨が降れば誰でも傘をさす。だが一度はずぶ濡れになって、葛藤の果てまで行き尽くし、そこから再び、ごく自然に傘をさせるようにならなければいけないのである。と老師は結語する。

禅の師匠は「なりきる」「なりきれ」ということをよく口にされる。こつこつと地道に自分の心の井戸を掘り続けるうちに何かを突き抜ける時が来るのかもしれない。地獄極楽紙一重も「雨が降れば傘をさす」のように当たり前の心境に落ち着くとき大地一枚になりきる心が生まれるのかもしれない。修業中である未熟者のひとり言である。

(平成247月 285号)


「去る者は追わず。来る者は拒まず」妙心僧堂老師様の一言

 

ある大手会社社長さんから創業40周年記念誌『「私からあなたへ」一言』という本をいただいた。社長さんは毎月の給料袋に今考えていることを社員にメッセージとして便箋一枚に書き同封してきました。会社設立から今日にいたる1号から360号まで書き続けた原稿が一冊の中に凝縮されていました。

読むにつけてその社長さんの経営理念・人格・人生哲学が凝縮されたものであることに感動した。社長さんの心を社員全員が毎月、その時代その時に瞬時に理解している。生きた情報を共有できる全員一丸の戦闘能力の高い社員を生んでいるのだ。

そのことが大手会社に成長する大きな一因となった。

 

会社の成長発展は社長の会社と社員の成長を願う覚悟の心が末端まで伝達される努力をいかに自然体で社員に伝えるかにある。直接語るもある。しかし便箋に書いたものは本気の心がそこにある。

文章という間接の語りかけにより、社員は波長が合えばはりきりがんばる。波長が本音の部分で違えば去っていく。社長と社員の本質からにじみでる本気の違いを気付いた社員は自主的に決定して去就を決めていく間接会話の凄みである。

大きな会社に成長する要素は社長と社員が哲学的知恵の部分で一心同体に限りなく近づくことが大事である。抹消的知識の部分で心が共通理解しても長続きしない人間関係しかできない。不易流行だ。

質の高い人材に昇華させる方法は指導者が人格的にも高い思想をもってことにあたる姿勢が部下社員に自然体で浸透していく信頼と安心がないと組織は内部より腐敗していく。いわゆる社長の顔をみながら右顧左眄するやからの巣窟とかす。大きな会社に成長することは絶望的であり、ときに会社崩壊の憂き目さえ味わうことになる。一冊の本に会社の繁栄の方程式をみた。

 

時々刻々変化する戦場で指揮する大将が将兵を統率し戦勝するように、会社経営も時々刻々の変化に対応する思考の統一の作法が内在する兵法の一つかもしれない。信頼できない者は「去れ」、我を信ずるもの「来たれ」。われはこう考えると語った便箋一枚の毎月の伝道の業に成功の鍵がかくされている。

(平成246月 284号)

 

地獄極楽紙一重常住末法即地獄常住末法即極楽破家散宅自燈明

 

世の中、思うことが思うように理解されないことが多くある。私の場合「はがき伝道」を書くことでおこる。

はがきの内容が応募した本人の思想信条と違うと「配信拒否」となる。まさにハガキという実体はメールと違うアナログだからである。拒否通知しないといつまでも配達される。それぞれ「人生いろいろ」をみることになる。

アナログ作法のはがきは原稿が証拠として残る。それで書き手は真剣だ。それを承知で私は坦々と変わらず自分の生き方を感じたまま作文している。受けての思い違いで嫌われたりする。それぞれの解釈が紙一重で違うことで「はがき」の縁が結縁されたり離縁される。気付きの修業だ。

政治でいえば自民党・民主党・公明党・共産党ほかの違いにより同じ事象現象が違う解釈になる。事実は真実と違うことになる。それに似ている。

小生はどちらかの立場に立たずとも、その時々の社会世相を自分なりの切り口で書いている。時にある思想、政党に近い文面となる。すると反対軸にいる受信者はしだいに私の存在が不愉快になる。結果として返信拒否になる。

思うに、今の時代の大きな悲劇は自分に合わないものを全面拒否して生きれることにある。自分以外は容認しない。家庭も学校も社会もである。他者との共存のために必要な我慢の躾が教育されずに成長した大人社会に現代社会はなっている。家庭崩壊も学校崩壊も現代社会の必然の結果といえる。現代社会の大人たちは横並びの人間関係の平等は学んでいるが、縦系列の人間関係を消失している時代ということだ。たとえばガンバロー東日本と声援を日本全国で聞くが罵倒のなかで災害処理ゴミ受入れを各地域で反対する住民運動が存在する。まさに口と行動が違う今の日本風景がある。共存共栄どこ吹く風ということだ。

こんな文書くとまた、読者がへるかもしれない、それでも24年間発行した「はがき伝道」の縁に「ありがとう」。

  (平成245283号) 


「常住末法即苦楽・破家散宅自燈明」

 

大震災から1年がたつ。3月9日この原稿を書いている。

1900名の人逹に御縁で「はがき伝道」を配信している。会員誌『ありがとう』の「よろず相談」に協力している関係で九州方面、埼玉・群馬方面の約300名の方々に御縁をいただき配信している。九州方面の人たちから応援の手紙をいただくとき、無縁の絆が有縁の絆になっていくことを実感する。ありがたいことである。

 

今の時代はデジタルまっ盛りである。その真ん中でアナログ作法の「はがき」で実感ある縁の絆に満足している。川北義則氏の言葉をかりるなら、私の生き方は『人生はすべて「逆」を行け』というところである。

アナログ作法の「はがき」通信は実感がある。人と人のつながりがある。博多の人、佐世保の人、宮崎の人、長崎の人、府中の人、世田谷の人、前橋の人、沼田の人、川越の人、鶴ケ島の人、それぞれの空気を感じる。それだけで幸せ。

九州の人から「はがき伝道」希望のはがきをもらうとそれだけでうれしくなる。だから、小生の冊子「はがき伝道」や色紙を送ったりする。すると何か勘違いして新興宗教の勧誘と錯覚する人もあらわれる。無条件の報謝は勘違いされる社会になったのかもしれない。お寺くらいは信じてほしいものである。

 

また、「はがき伝道」の内容が応募した本人の思想信条と違うと「配信拒否」の「はがき」がくる。まさにハガキというアナログならではの人それぞれの「人生いろいろ」をみることになる。私は坦々と変わらず自分の生き方を感じたまま作文しているだけなのに。受けての思い違いで嫌われたりする。ここが、絆の結縁による修業ということだ。自己本来のありかたは皆違う。皆違う波長に合う文章を書くことは無理である。それが今の私の結論である。自分の窓から見える風景を書くつもりだ。

 

こんな文を書くと、読者がへるかもしれない、それでも24年間発行した「はがき伝道」の1900名の縁に「ありがとう」。

(平成244月 282号)


 

昨年3月11日未曾有の大地震があったあれから1年過ぎた。

 

「荒れ狂う地獄の海を龍神が捨て身で探す竜の落し子」耕雲作

 

耕雲師の一句が辰年を生きる覚悟を伝えている。みな頑張ろう。

 

底抜けの桶で井戸水を明日一番鶏が鳴くまでに4斗樽に一杯水をくみなさい。という試験をしたところある若者が次の日までに水一杯にしたという。どうして一杯にできたかわかるかという質問を保南老師は正眼寺梶浦逸外老師からもらう。梶浦逸外老師は自ら答えて「たとえ桶の底が抜けていても一滴や二滴の雫「しずく」は付いてくる。だから繰り返し汲み続ければ四斗樽だろうが十斗樽だろうがいくらでも水を満たすことはできる。おまえがこれからする禅の修業はこれだ。才能など無くてもよい。馬鹿になって倦まずたゆまず努力し続けることだ。そこで肝心なのは、水を汲む桶の底は抜けていてもよいが、水を受ける樽の底は抜けていては駄目だぞ」と諭された。修業が禅の生命であり、唯一の価値だと知らなければならない。私にとって今尚、この一滴を汲み続ける日々である。と保南老師は結語している。釣瓶「あとみよそわか」清田保南老師著。

百万の書籍より日々の修業を黙々と続けるこつこつたんたんと求めず自己本来の身の丈にあった日々の業が大切ということだ。

 

松下幸之助氏は「不況に克つ12の知恵」で「ダム経営」が大事だという。経営の中にダムを持とうということだ。河川にダムを作り、そこに水を蓄え、それによって水の流れを調節し、ムダなく活用する。それと同じに、資金の面、設備の面、在庫の面、その他経営全般にわたり、ダムを作り、余裕の経営を進めていこうというものだ。

不時にそなえ、平和時に乱世の非常に備える気構えが大事である。心のダムを持つことが大事であるということである。毎日毎日愚直に繰り返す修業が大事である。

底なしの桶で水汲みをすることが堅固な心のダムを構築することになる。心の平安は普段の地道な努力から生まれる。平和時に乱世にそなえる心のダムをつくる気構えが大事である。

(平成243月 281号)

 


【田中住職にメッセージが届いていますので、ご紹介します】

 

こんにちは。

本日は、「よろず相談」を担当していらっしゃる真福寺の御住職の田中様へ感謝の気持ちを伝えていただきたく書いております。

以前に一度だけ、私が田中様へ御相談のはがきを投稿したところ、それ以来毎月欠かさず有難いお言葉のお便りをくださいます。

また、年賀状までいただき、誠に恐縮しております! 今の時代に、なんと誠実な方であろうかと、本当に感心してしまいます。

私は夫の仕事上、1年程のインド赴任を経て今年帰国しました。

わずかながら海外を経験して、いろんな国の人々と交わる機会に恵まれました。

そして感じたことは、聞くと見るとでは大違い!ということでした。日本人として不快な想いを受けることも多々ありました。

その度に日本人の誠実さを改めて思い知らされました!

また、その反面、日本人は大人しく見えるため、交渉力に欠けコミュニケーションの要である英語力の面でも大変に引けを取っているということが堪らなく残念でした!!

それでも私は日本に誇りをもっています。

田中様のような人がいる日本は素晴らしいと実感します。私は今も微力ながら、田中様を見習い、少しでも日本の良さをアピールしようとインドの友人たちと便りを交わしています。

これからも田中様に於いては、本当に大変でしょうけれども、悪いことは悪い!と、物怖じされず、今を生きる、たるんだ日本人に喝を入れてほしいと切望します!

失礼とは承知ですが、この場を借りてお礼を言わせていただきます。

ほんとうにありがとうございます!!

どうぞくれぐれもお体を大切にされてくださいね・・・・・・・・

(皆川 都)

 

ゴーディアン・ノット「ゴルディアスの結び目」

古代ヨーロッパの伝説である。

 

ある都の柱に賢者が荷車の轅「ながえ」を紐で結びつけた。

その紐の結び目は実に複雑で賢者は「この結び目をほどいた者は世界の王になるであろう」と予言した。

多くの人間が挑戦するがだめだった。そこにやってきたのが、若き日のアレキサンダー大王であった。彼は剣を抜くや否や、その結び目を一刀両断にした。これから転じて、この言葉は解決不可能とみられる問題を一挙に解決することをいう。「ゴルディアスの結び目を断つ」ということわざになった。既得権益で縛られた身動きのきかない政治社会を変革するとき、一刀両断の政治決断ができるかできないかで国の行く末が変わってしまう。

社会の変革は「ゴルディアスの結び目を断つ」決断ができる指導者が出現するかいなかで成功の可否がきまるのです。

 

中世の既得権益を一刀両断に切り捨てて戦国時代を終焉させた織田信長、江戸時代の既得権益を一刀両断に切り捨てた勝海舟・西郷隆盛たちが明治維新を成功させた。その明治・大正・昭和20年までの政治社会は日本国という既得権益の保持にこだわってしまったために、世界の既得権益の力学によって一刀両断されて無一文の元の木阿弥になった。

戦後に築いた横並び民主主義が機能不全におちいたってきた現在を解決する方程式が必要となってきている。「ゴルディアスの結び目を断つ」決断ができることが日本の将来に希望を生むと思います。過去のパラダイムが崩壊して未来の新しいパラダイムが誕生しない社会は、滅亡するか他者に隷属するか、夜逃げして新天地に生きる道を求めることになるのだ。

 

いまある場所で幸福を手に入れるための方程式は、楽観的にこつこつ地道に努力して道をきりひらくことである。それが「ゴルディアスの結び目を断つ」最短の近道である。

(平成242月  280)


 

混沌「カオス」の時代の幕開けかもしれない新春です。

応無所在「おうむしょじゅう」どこにも住しない。心が空っぽであって、その時に面白いと言うて笑い、悲しいと言うて泣いたら、それがそのまま仏心でなければならない。心に裏づけのない斬新な心が仏の心でなければならんのであります。花が美しいのは新しいからで、古い花は咲いておりません。朝顔は毎朝新しい花が咲くから美しいのだ。昨日の花はやり直しをやらん。山の谷川の水が美しいのは、新しい水が流れていくからです。われわれの心も念念新しい心がでてまいりますならば、泣こうが怒ろうが笑おうが、これが仏の心である、仏心である。「山田無文老師のことば」

 仏が仏を信ずれば、必ず蓮華の華が咲く。苦楽を共にいたすべし。苦や地獄も世にはある。楽も極楽も世にはある。他者に生かされ、自分がある。よき友人、よき師にあい、自己を磨きながら他者に感謝されされる生き方をするとき、幸福感や生き甲斐を実感できると思う。

・信ずること。

・努めること。

・思慮深い心を持つこと。

・心を統一すること。

・明らかな知恵を持つこと。

が心を平常にする作法である。心の底から安心し、信頼し、尊敬できる師匠や友にめぐりあう幸福感を味わうことが人生にとって大切なことである。謙虚を学ぶことが大切である。自信過剰の愚者となるなかれ。愚者の愚は虚賢の愚者である。自信のあり過ぎるものは愚かさがいつまでたってもわからない不識の権化となる。

無文老師のことば「どこにも住しない。心が空っぽであって、その時に面白いと言うて笑い、悲しいと言うて泣いたら、それがそのまま仏心でなければならない。心に裏づけのない斬新な心が仏の心でなければならんのであります。」という心の置き方が平安な気持ちを取り戻すのだと思う。こだわりを捨て融通無碍の心で瞬間瞬間一日一日を新たに生きることを実践することが日々を安楽に生ききる極意かもしれない。生きる事を難しく考え過ぎて身動きがとれない人生より日々を斬新に生きることが肝要です。

(平成241月 279号)


 

観音普門品第25には「或漂流巨海・龍魚諸鬼難」「波浪不能没」というくだりがある。航海中に海難『海賊、自然災害「台風・嵐」』に遭遇することがあり乗組員は命がけであった。そうした船員が祈願のために唱えた経本が観音経でした。

観音様を念ずると助けてくれる。それが上記の部分になる。海難からのがれる功徳がある経文ということになる。

 

平安末期に活躍した平清盛は現在の神戸の福原に海洋貿易都市を建設し遷都の計画を実行し途中で頓挫する。清盛は商業貿易都市建設による流通経済の発展で国家繁栄を目的としたものであった。その清盛は海運厄除けのため禅僧侶に「観音経」を読経させたとある。

当時の外国と日本の運送機関は航海用船舶でした。清盛以前の平安期の停泊港は九州博多であり、外国に窓を開けていた政庁は太宰府でした。外国船が日本で直接停泊することは九州博多で終了ということになる。この流通の経路を瀬戸内海経由の神戸港まで延長し、物流の近代化を画策したのが平清盛なのです。

清盛は直接神戸まで船舶を入港させることで博多が独占していた権益を獲得し経済的安定化をめざした。現在の神戸の繁栄は清盛の理念が正しかったことの証明である。

 

話をもとにもどす。

船舶が大事な交通手段である以上、船舶操船技術・外国交渉術をそなえた船員が必要になる。その船員資格は各地域に交通関係をもつ人脈がある人達が適材になる。命がけの航海を遂行する精神力と知力、技術、外交語学力、交渉力をそなえた集団は禅宗系統の僧侶であった。船員は両国の言葉・文字・公文書作成の扱い、航海術、海賊対策の武闘、交易のための人脈、天災海難祈祷ができる人物ということになる。つまり禅修業と最先端知識をもつ学術集団は限られてくる。だたし、清盛の時代は交易既得権益の獲得が先決事項で人材育成の組織化は鎌倉時代に体系化されるまで待つしかない。清盛の時代は祈祷による海難事故回避に観音経を唱えるにとどまったと私は考える。

(平成2312月 278号)


 

 「宇宙の哲理にしたがうことである。」松下幸之助の言葉

 

「もしも」の選択に「素直」が大切な条件となる。

人は幾重にも分かれた「もしも」という選択肢のなかを一つ選択しながら生きていく。天と地に生かされている自分も天と地のエネルギーに働きかけて生きていることで「もしも」の選択肢の幅を増幅させる。受け身の人生だけでない、能動積極的に活きる生かされかたを学ぶことも大切である。

人生の答えは目前の「足下」にある。寺に生きている私は寺にその生きる答えがある。ということになる。大地と天上のなかでいきている。大地のエネルギー、天上から降りそそぐ無尽のエネルギーを体一杯受けとめて生かされている自分に気付く。

地球は宇宙を泳ぐ宇宙船地球号である。宇宙のエネルギーを食べて生存している大地が地球である。身体で天に一番近い部位は頭上になる。頭上の窓を開放することで宇宙から降り注ぐ天上のエネルギーを吸収できる。頭上の窓を開放する方法はしごく簡単です。疑念を捨てて素直に受け入れるだけでいいのです。天と地に生かされていることを素直に受入れ認めるだけでいいのです。それで頭上の窓は開放されて無尽の天上のエネルギーを吸収できるのです。

父母からもらった大地と天上の陰陽のエネルギーは加齢とともに使いきる。使いきって減少した陰陽のエネルギーは補給しないと自己崩壊になります。自己成長するために陰陽のエネルギーは補給する必要があります。自分のかたくなな精神が素直さを失い疑念の塊になると頭上の窓はがっちり閉じてしまい大宇宙のすがすがしい活力を供給するエネルギーを受け入れる機会が消失します。

天と地の陰陽のエネルギーをもらい父母の御縁で生まれた私という存在も自立して生きるためには生後は天と地の陰陽のエネルギーを外界から取り入れる必要があります。

体を維持するために食事をとります。精神の気を維持するために天と地の陰陽のエネルギーを外界から取り入れることです。それで心身健康な体躯を維持できる。

(平成2311月 277号)

 

 

ラーメン「一蘭」社長は

「習慣の奴隷」

人がもし悪い習慣を、良い習慣に変えることができたら、どうなるだろうか。無意識のうちに少しずつ前進することができれば、半年後、1年後に大きな差がつくはずだ。人との出会いや様々な体験は成長の糧となる。だが、それは偶然に左右される。しかし、本は確実に「出会う」ことができる。

と語る。「日経ビジネスより」

 

経営者は金儲けするのが仕事と思っている人達がいる。しかし、実際は過去現在未来を見据えた経営を志す場合、金儲けを最優先した企業は遠からず破綻するものである。破綻しない経営をめざすなら知恵をベースに知識を貯金する必要がある。

 

知恵と知識を常に井戸水のごとく供給する場は読書である。そのことをラーメン「一蘭」社長が気付いたところが年商55億円を稼ぎだす経営者になったと私はおもった。

 

ラーメン屋に哲学が必要かよと思うことが自己限界を自分で網をかけて身動きがとれない普通のラーメン屋で終わる結末を将来するのである。無縄自縛ということである。王道を目指すならすべからく過去の経験の詰まった哲人の言葉に耳を澄して傾聴すべきです。それは読書にほかなりません。デジタル思考の今日この頃だからこそ、アナログ思考の読書と鉛筆でノートに筆記する良き習慣を大切にすべきと考える。

 

禅道場はダルマさんの時代より一つも変わらぬ坐禅を基本とした地道なアナログ思考的修業体系を現在まで崩さずに頑固に維持伝承している。一器のうつわから別の一器に漏らさず移しかえる作法をもって師から弟子に伝承して禅の奥深い真理を現在まで継承している伝法作法は地道なアナログ思考にほかならないのです。そのように私は思っている。

 

哲学に傾斜し過ぎても頭でかっちの役にたたない屁理屈野郎を作ることになる。実践の手足を動かし汗を流す苦労が大切で、その苦労の裏打ちが哲学を学ぶことかもしれない。なにしろ、デジタル思考だけでものごとを切り刻む習慣は自己崩壊を招く可能性があることを指摘しておきます。

(平成23年10月 276号)

 

 

「青春」 サミュエル・ウルマンの詩より

 

青春とは人生のある期間をいうのではなく、心の様相をいうのだ。優れた創造力、たくましき意志、もゆる情熱、怯懦(きょうだ)をしりぞける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こういう様相を青春というのだ。

年をかさねただけで人は老いない。理想を失うときに初めて老いがくる。

歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。苦悶や孤疑や、不安、恐怖、失望、こういうものこそあたかも長年月のごとく人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。

年は70であろうと16であろうと、素の胸中に抱き得るものは何か。曰く、驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる事物や思想に対する欽仰、事に処する剛毅な挑戦、小児のごとく求めて止まぬ探究心、人生への歓喜と興味。人は信念と共に若く、疑惑と共に老ゆる。

人は自信と共に若く、恐怖と共に老ゆる。希望ある限り若く、失望と共に老い朽ちる。大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力の霊感を受ける限り、人の若さは失われない。これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が、人の心の奥までもおおいつくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れば、このときにこそ人は全くに老いて、神の憐れみを乞うるほかはなくなる。

 

この詩を米長邦雄氏が語り、故マッカーサーも毎朝読み、中曽根元総理大勲位も読んでいるそうだ。

希望、勇気があれば老いることはない。生き甲斐と人生の希望をもち創造的に感動する心を萎えさせないことです。

(平成239月 275号)


 

「人生の檜舞台に敗者復活はない」

 

人生を知っているようで、じつは何も知らない。

すべて知っていたつもりの出来事や知識も、つきつめていくと何も理解していないことに気づく。とことん考えて考えて一つのことを理解しているものがあるだろうか。ないのだ。何も理解していなかったことに気づく。がく然とするばかり。

 

死ぬまでに善知識を手に入れようとする。願望は自由だ。しかし、そのことは不可能だ。手にいっぱいあふれるばかりの無限の所得を手に入れようと渇望し、自己満足を手にいれても、気づいたら何も手中に残っていないということがある。

何かを捨てなければ何もつかめないのが人生かも知れない。

 

自分の身の丈にあったものだけが本当の所得になる。本来の自分にあった一筋の道をひたすらに精進する。ただひたすらにおのれが得業にそった生き方が大切だと考える。

たった一つの自分の人生にあった生き方は一つしかない。

幸運の女神にほほえんでもらえる近道は自分の人生にあった生き方を理解しとことん納得して一つことに愚になりきって生きていくことだと考える。

 

私は禅寺の住職です。私はわからぬながらに禅に近づこうと徹し、坐に徹し、愚に徹し、観を磨き、真理を磨き、自己本来の気を磨き、宇宙からの気を受けとめ、清涼な心気を涵養することに一生懸命になりきることが大事と考える。

 

玉磨かざれば光りなし。泥中の硬玉の原石も目利きの専門家に拾われなければ泥中に死ぬ。目利きに拾われ、良き研ぎ師に磨き鍛えられて、はじめて褒められる玉石となる。

人と同じように良き師匠に拾われて指導薫育をうけて個性に合った人格者として成長します。個性にあった光りはもちまえのその人ならではの光りを放ちます。

手中あふれんばかりの所得はたんたんと捨てさることで、新しき発見と出会いを手にできる。新天地の心境が発露する。

(平成238 274号)


 

「人生の檜舞台に敗者復活はない」

 

親が子にする子育ての成功失敗は子孫繁栄にまで影響する。このあたり前のことがいま日本で通用しないのだ。

子育ての最終的な目的はたったひとつ。経済的、社会的、精神的に自立した「自分でメシを食っていける大人」にすること。そのために、「ことばの力」「自分で考える力」「想い浮かべる力」「試そうとする力」「やり抜く力」という5つの基礎力を、10歳までの時期に育むことが大切。それが受験や社会に出てからのさまざまな苦労を自分で乗り越え、より幸せな将来を生きていくためのパスポートを手に入れることになる。それぞれの力が、社会人としてメシが食える力にどう結びついているのか、どう育めばいいのかを丁寧に考えることが大事である。現代社会の子供たちは親によりかかり、社会によりかかり生きていく他動的生き方を学んでいる。

 

大人達の叫ぶ、人権を主張している姿が、子供達に努力せずに学ぶべきときに学ばず社会的生活を自立して生きていく基礎力を身につけない子供を生んでいるのだ。

登校拒否、不登校しても学校は卒業証書をあたえる。学校を卒業した証書はあっても社会で働く実力はない。会社でがまんする訓練もない若者は家庭にひきこもり、社会生活や他者との会話も交渉も学ばず生活力も欠落した青年に成長していく。両親の生活力が衰退しても、彼の青年は相変わらず社会人としてメシが食える力はない。30歳過ぎて生活保護を申請する青年達が日本の国力を向上させることができるとは思えないのだ。

 

戦後の民主主義で育った家庭や教育・社会風土が産み落とした現代社会の結果は、「社会人としてメシが食える力」をもたない子供達を生んだという事実である。メシが食える社会人にするために基礎教育はある、と考える。それが欠落し自立しない若者が増えている時代が今の日本である。

(平成237月 273号)


 

「貴僧残影春秋夢・緑翳清風庭前松

 妙楽隆昌尽全霊・法縁雲聚遺徳偲」 幡蔵寺住職 俊明師


梅雨の時期になりました。春夏秋冬は淡々と来たり去っていきます。生老病死も粛々と目前を過ぎ去っていきます。若き頃、激しく流れる激流のような毎日を過ごした日々も、いつしかはるか地平線に過ぎ去り、思い出の世界が走馬灯のように繰り返し繰り返し面前に現われ消えていく老境の世界にたどり着いた心境です。まだまた老境というには早い私ですが。


平成23523日、平塚の妙楽寺住職の昌さんが他界した。

修業時代からのつきあいは40数年になる。禅語に「語り尽くす山雲海月の情」という一句がある。語り尽くせない思い出が次から次から脳裏をよぎっていくのです。臨終にまにあわず病室で眠る師の姿は眼前から消えることはないだろう。死の縁無量を心底実感した時でもありました。その時、彼が色々やり残した仕事はまだまだ数限りなくあるだろうと思いました。


昌さんのお遺骨を拾う時、死の縁無量、生老病死は目前にありと涙涙の現実を受けとめました。多くの葬儀をして多くの故人を送ってきた僧侶としての私が改めて僧侶として生まれ変わった瞬間でもありました。生老病死は目前にあり、ただただ一生懸命読経する。故人の心に近づき寄り添うようにして平安で安心する魂になりお浄土に旅立つお手伝いに専念することしかないと気付きました。地獄極楽紙一重、我が身の今あることを感謝する。生かされている自分に感謝する。今あることは縁と絆の結果であること。春夏秋冬は誰に気遣うこと無く、人の生老病死に関係無くめぐり来たり過ぎ去っていきます。いまある人生を大切にして我が心に近づき我が心を知る修業を日々怠らず生きることが大切だと思った。修業のたりない私は、修業中の「接心」とはそのへんにあるのかなとふと思ったのです。

「おまえさんは未熟者じゃ。余計なことに気をまわすより自己研鑽に専念せいよ」「ばかもん」と素堂老師がギロリとした眼 睨んでいる姿がふと脳裏をよぎった。

(平成 236月 272号)


 

 

 

「春」です。

 

「春」です。昨年も春が来ました。春夏秋冬はいつも変わらず目前にやってきます。平成23年3月11日午後2時46分までは変わらぬ当たり前の毎日がありました。安心と平安は当たり前に面前に一陽来復のようにありました。何事もない毎日に非日常の1000年に一度の天変地異が突然襲来しました。心田を耕すということは非日常の世界にあっても日常のごとく生活する胆を磨くことにあります。世の中いつも変化と激動が足元でグラグラ煮え返っている。ただ気が付かないだけ。でも「春」です。

 

人間さまだけ、あたふたしている。鳥たちはさえずり、鴬は桜の花のしたでさえずり、蕗の薹は芽をだし、土筆も虎杖も春来たりとよろこびたたえ法悦の歌声をかなでるように大地を彩っています。「春」です。大地の歓喜を素直に受けとめましょう。

 

大宇宙に漂う惑星地球に私は今生かさせていただいています。宇宙の海を泳いでいる地球は、さながら海に身を預けて泳ぐ魚に似ています。海を枕に甘えて泳ぐ魚たちは海を意識していません。同じように地球が宇宙を枕に甘えて存在していることを忘れているのです。ここに地球があること、その地球に身を預けて生きている私がここにいるのです。宇宙のエネルギーをいっぱいいただいて生かさせていただいていることに感謝しています。

 

だから、生きることに絶望しないのです。今生きていることを一生懸命大切にしていきたいのです。日常、非日常、ハレとケ、陰陽、太陽と月、夜と昼、プラスマイナス。正負。地獄極楽色々あります。だけど人間さまの悩み喜び喜怒哀楽におかまいなく「春」です。イムジチ「四季」の「春」の曲が奏でるがごとく、のどかな「春」です。

生きてることに感謝。生かされている今に感謝。いつか死出の旅路は必ずきます。突然くるかもしれません。じわじわ真綿で首をしめるようにくるかもしれません。あまり死出の旅路を思い悩むより、いまこの時「春」をいっぱいいっぱい食べましょう。敗戦後の焼け野原にも「春」は希望を運んできました。いま日本民族にガンバレよと、山川草木花鳥風月をとおして春のメロディーを奏でているのです。

生きる希望と喜びを気付かせるために。いまある自分を大切に。

(平成235月 271号)


 

「無事」が大事。

 

平成23年3月11日午後2時46分M9の「東北関東大地震」が起こった。

貞観11(869)年三陸沖(陸奥国境)に大地震が発生した。1100年近く前に起きた大地震以来の大天災だ。その大天災に指導者の判断ミスの連動による人災が福島原発の現実と私は考えている。

昨年の今頃宮崎県で発生した口蹄疫の牛処置対応の政府判断ミスが牛豚累計頭数27万5千頭殺処分となり、1000億円の対策費が支出された。このことは人災と考える。

平成7年阪神神戸大地震のとき、時の総理村山首相は兵庫県知事から自衛隊救援要請を社会党的立場から逡巡した。救援活動に一瞬の思想的立場のたじろぎがあったこと思い出す。一瞬の判断の先のばしは負の結果しか生まないのだ。

逆に織田信長は浅井朝倉攻めは一切の逡巡を捨てて正の結果を生み勝利したのだ。正負の境は動静煥発一瞬の逡巡の有無にある。

 

原発の事故は想定外とさかんに政府関係擁護者たちは語っている。しかし、今回の一連のずさんさは明らかに人災と考える。理由は、1100年以前に歴史的現実として大地震があった。その事実を歴史学者が提言していなかった。東北地方の民間伝承や歴史から抹消されていた。しかし1970年代に宮城県多賀城跡調査がされ、その地震に関係する「日本三代実録」の記事があること。その事実が地域の伝承や歴史認識から消滅していた。

この研究を生かすなら原子炉弱点解消のための電源・施設・機械をまったく関係ない安全地帯に地下ケーブルで接続できるまたは第2第3バックアップ施設を敷設していれば問題は解消していたはずです。

 

次に、発生時の11日にアメリカ政府は菅政権に対して「原子炉冷却に関する技術的支援の申入れ」をしている。しかし、この申入れを断っている。なぜか、菅政権の政治的立場のこだわりと少欲により、東電と菅政権は原子炉を生かす選択をしていたために「廃炉」を決断できなかった。

瞬時にためらわず「廃炉」を決断していたなら日本の世界的信用萎縮を生まずに世界の信用を勝ち取り原子力エネルギーの安全神話を世界に売り込むことができただろう。

25兆円の貯金を使いはたし基幹産業の崩壊とエネルギー危機を招来した指導者の逡巡はたったの1日判断ミスによる。

まさに「十年一剣を磨く」の欠落としか言えない。

 (平成234270号)


 

 「十年一剣を磨く」出展 唐・賈島「剣客」より

 

平成22年10月23日読売新聞に元中曽根首相がこの言葉をつかって政治家の心構えを語っている。氏はいずれ首相になろうと一剣を磨いてきたと語り、歴代政権に対する不満や批判をずっとためて、自分のときに歴代政権の欠陥を一挙に直していこうと考えた。

そのためには「政治家としての蓄積・修練・個性、そういうものを余すことなく、一挙に噴出できるかどうかということにある。」といった。刻苦光明・必盛大ということだとおもった。こと大事があるとき瞬時に実践に移れる気構えは日々の精進により心中の宝剣を磨くことを十年怠らないことが肝要である。

 

あれから四カ月が過ぎた。2月17日民主党は16人の造反と菅政権崩壊の記事、衆議院解散かぜまで吹く季節になっている。現政権は十年以前から一剣を磨く努力をしてきたのか、いささか不安をおぼえる。言葉の裏に実力を貯蓄する日々の研鑽努力があったのだろうか。野党の批判精神だけで世の中が将来に向けて動いていくならそれは建設的創造発展とはかけはなれた国家崩壊の序章となりかねないのである。こうした現実を招来したのは国民選挙で選出した国会であることを忘れてはいけないと考える。

戦前のドイツナチ党はドイツ国民の選挙により台頭して「アウシュビッツの惨状」と国家崩壊をもたらしたことは承知の事実である。

 

70年安保当時「総括」という言葉が新聞紙面を跋扈した。その首謀者の一人が永田洋子である。彼女はこの世を去った。三島由紀夫が盾の会メンバーとともに市ヶ谷駐屯地で割腹自殺を11月25日にした。東大安田講堂占拠事件があった時代でした。その時代を駆け抜けた安保闘争の戦士が今60代70代の民主党に影響を与えている有力政治家たちといえる。

 

いま、民主党内部でおこっている闘争は70年安保闘争時代の「総括」を思い出す。

恐る恐る感じた私の今の心境です。この混沌とした不安の時代を乗り切る作法は「十年一剣を磨く」努力ではないかと思う。

 

(平成233月 269号) 

 

 

騎服塩車(きふくえんしゃ)「戦国策」より

 

 

訳は「名馬が塩を運ぶ車を引く」つまり、賢者が賎役に甘んじる、という意味になる。中国の2千年前、春秋戦国時代の古典の言葉だ。

  

若い時には苦労をいとわず我が儘を言わず我慢して仕事をする。勉学に心を集中する。寺であれば小僧生活を経験し、僧堂生活の修業を体験し苦労を積むことが大切ということになる。机上の論理で社会は動かない事を体感することが大切だ。

人間の命はたかだか百年の一生だ。小さな個々の命の経験が積み重ねられて書物に記録される。それが古典となる。中国の地で書かれた古典が2千年の時空を超え現在まで残った4文字ということだ。その騎服塩車の4文字が私の目前に現われたのだ。

 

いまの日本は躾の欠落、我慢の欠落、要求癖の思いやる心が欠落した時代といえる。「苦労は買ってでもしなさい」といった過去の言葉は行き場に困っているのが現状だ。若いうち流さぬ汗は、老いて涙となって出る。と師匠の父はいった。人生なにが起こるかわからない、それが本当のところ。そこのところをその時代、時代を生き抜いてきたのが人類の歴史ということだ。

 

人間は時代を選んで生まれることはない。人と人との出会いも、縁という糸の絆でむすばれる。古典と自分が結ばれるためには学問という世界でこちらから働きかけることなくして気付く事は絶対にないのだ。

経験や知恵を過去から現在に発信しても、気付かねば無価値となる。人類の残した知恵や経験を生かし子孫繁栄するも、殺して子孫滅亡するも自己責任でしかない。繁栄の基本は地道に地道に自己研鑽する実践だけだ。

 

「花の咲かない冬の日は、下へ下へと根をおろす」と金嶽先生はいった。花が咲く前に地道に根をはる努力が大切だ。

 地道に自己研鑽し努力した主人で客の出入りがきまり、客によって主人は鍛えられるということ。それが大原則だ。

 

(平成23年2月 268号)

 

 

 

「気付き」 

 

書くことは自分が裸になることである。

虚飾を捨て、素直な本音に立ち返ることである。そのことに20年以上「はがき伝道」を書き続けて気づいたのです。

 

長く生きることで「気付く」ことは沢山ある。生きるために虚飾の心の服を着過ぎてしまうことがある。たまにはフロに入る気分で身の回りについた虚飾の着物を脱ぎきることが大事である。満々とした命が真剣になる即今只今の現場に立たずに虚数でごまかす人生を過ごしすぎているのではないだろうかとおもった。生死を真剣に生ききる一生が感動の人生を生きることであると思う。「裸になっていくことが書くことである」ということはそこにある。

 

自分を崖っ淵に追い込んでいく。生死の狭間に追い込んでいくことで何かを感じ、何かを学び、何かをつかんでいくことが「気づく」ことである。生きることに真剣になることが大切である。

 

何となく毎日を適当に生きながら獲得することも大切である。しかし、そうした生き方はいつか虚しさの足跡だけが残る人生になりかねないと私は思っている。

 

700年前の寂室元光禅師「明日来也・今日来了」、中国の古典「宇宙無双日・乾坤祇一人」、頼山陽「人生有生死・天地無始終」と言っている。天地の宇宙に始終が無いが、我々の人生には生き死にの境がある。宇宙は明日しかない、宇宙に同じ日はない。

 

故鈴木大拙先生は「来年は、来年は、という希望が大切」と語っている。過去も未来も忘れ去る。両忘の心で生きる。今、即今只今我存せり。実体ある自分を大切に素直に生ききることが大事だ。「生死事大・光陰可惜」「山は山、川は川、人は人、我は我」というところである。「生きているうちにはよう気付けや」と天の声が聞こえてくるようなこの頃です。

 

 (平成23年1月 267号)


 

 

真福寺 田中禅价住職「ブログ伝道」の過去伝道は、 > コチラ